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11/26/2017

カーボフ誕生!

この製品名のカナ表記、よくぞ「カーボフ」にしてくださった。カーブオフでなくて。

実はバイク王のCMが「バイクオー」であって「バイコー」でないことに、得も言われぬ気持ち悪さをずっと感じていたので、「カーボフ」には嬉しくなりました。

これで不要な母音挿入がちょっとでもなくなればいいです。

11/24/2017

サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈を受け入れた件

女性の人権が蹂躙された過去の遺産として長く記憶され、反省されるべきものであり、よろこばしいことである。

自らが他者に与えた多くの苦しみには知らんぷりを決め込み、自分が被った痛みだけを言い立てても、説得力はない。

11/23/2017

DVDを見て連絡を下さった高校の先生

DVD『英語は英語で、しかもリズミカルに教えたい!」を見て、楽しそうなので実際に授業を見てみたいです、とある高校の先生が連絡をくださいました。

話を聞いてみると、実はご自分も大東の卒業生である、と判明。

出演しているのが英語科教育法の授業の学生だということをお伝えすると、あの後輩たちならきっと生徒に楽しく英語を教える教員になってくれると思います、とおっしゃいます。

うれしいですね。

今度授業を見ていただくことになりました。

授業は時間の無駄だ!という塾

地下鉄の駅で、お?と目を引いた塾のポスター。


どれどれ、とパンフレットを持って帰ってみると、なになに。。?

なぜ授業では全訳や模範解答を先に配ってくれないのでしょう? そう違和感を感じたあなたの感覚は正しいのです。予備校のテキストは問題しか書かれておらず解答解説は自分で授業中に書き込む形式になっています。 
あらかじめ解答解説がある状態で説明されたほうがわかりやすいですし無駄がありませんよね。書き写すことで生じる時間をすべて他の受験勉強にまわしたほうがよっぽど効率的なのになぜなのでしょうか。その理由は全訳や模範解答を先に配ってしまうと生徒がそれを使って勉強してしまい授業を聞かなくなる事を教師が恐れているからなのです。 
はっきり言えばこのような授業は時間の無駄以外のなにものでもありません。解答を読めば済むような全訳を口頭で伝えるような教師によって奪われる時間は年間で数百時間にも及びます。(後略)
ほう。結構鋭いことを言っております。まあサスペンスがある状態をつくっておいてそのサスペンスを解消したほうが印象に残りやすい、というのはあるとは思いますが、それにしても、教師のやることがなくなっちゃうから全訳や模範解答を配らないのだ、という指摘は、おおくの教師にとってけっこう耳が痛いのでは?

11/17/2017

「カルタ仕立ての単語ゲーム」を考える

ターゲットの単語の意味を絵などでノンバーバルに表したものを表、スペリングを記したものを裏にしたカードを用意する。4〜5人でグループになり、その真中にそのカードをバラバラに置く。教師が、そのカードのどれかの単語を読み上げ、それを聞いた学習者は読まれたカードをすばやくカルタ的に取り、その獲得数を競う。


比較的よくある活動だが、この活動について少し掘り下げて考察してみたい。

ノンバーバルな表面をつかってこのゲームをするのは問題ない。その単語の音声を聞いて、その音声が表す意味を瞬時に理解し、ノンバーバルイメージを選ぶ、という作業である。音声を意味と結びつける訓練になる。

ではバーバル、つまりスペリング面を上にしてやるとどうなるだろうか。学習者は車座になっているわけだから、当然、カードはバラバラな向きに置かれる。したがって個々の学習者から見ると、カードの文字は様々な方向を向いている。右向き、左向き、斜め、引っくり返し、等々。

つまり学習者は通常と異なる向きの単語を「読む」ことになるのである。しかし本当に「読む」ことができるのだろうか。もちろんできない。一文字一文字を認識して読むのではなく、大まかな文字の形とか、単語全体としてのスペリングのシルエットなどを瞬間的に頭の中で方向転換して認識して、そのカードに手をのばす競争をするのだ。

カルタだから表面的には楽しい。一文字一文字をきちんと認識してそれを瞬時に音声化し、語彙認識できる母語話者であれば、問題はない。しかし問題は、文字認識もまだすばやくできないし、文字をひとつひとつ認識してそれを音声化するという過程が自動化していないどころか、文字をひとつひとつ認識して音声化するという行為自体をしないことの多い、日本人英語学習者の初心者がそれをやって、どういう意味があるのか、ということだ。

考えなしのフラッシュカードの flash行為によって、英語を学習しはじめて何年たっても、大学生になっても、英単語の文字を読むということができない、というか、単語は全体として「〜」という発音なのであるから、辞書を引いたり、先生に教えてもらわないと、知らない単語は自力では読めないと誤解している学習者が作り出されている。

そういう「文字を音声化する能力を育てない」フラッシュカード使用と、まったく同じ発想でなされているのが、この「単語スペリングカルタ」なのではないか、と思う。

皮相的な「楽しさ」を求めるのはほどほどとし、学習者が自力で単語を「読める」ようになるための地道な方策を探し求めることが肝要であろう。

11/16/2017

あさましきもの ズルズルハラスメント

教員控室にて

昼休みでもなきを

背後より

ズルズル〜ズルズル〜

とスラーピング・ノイズのきたる

すわ何事かとおどろきてふりかへれば

醜き中年男の

一心不乱にカップラーメンをすすりたる

いとあさましき

スラーピング・ハラスメントなり

しかも足元をみやらば

あろうことか靴をぬぎ、

椅子にあぐらをかきたる

はなはだきもちあし

ここはお前のうちの居間ならず

恥を知るべし


11/12/2017

人を見て法を説け

Moron . . .


欠席の理由としての「寝坊しました」考

以前から気になっていたことひとつ。。

授業に遅刻・欠席するときにメールしてくるのは良いことなのですが、その理由に

「寝坊したので。。」

と書くのはいかがなものか、と。その人を今後も教えようというこちらのモチベーションがガクッと下がります。

授業があるとわかっていて、夜更かしをするなんて、授業のことをあまり重要視していないのかな、と思ってしまうからです。

だいたい「ねぼー」というのは、幼児語っぽいでしょ。いい大人が書く言葉ではありません。

まず表現ですが、

「朝、寝過ごしてしまいました」

にしてはどうでしょうか。 で、嘘でも

「前の晩、遅くまで課題をやっていて」

とでも理由をつければ、だいぶ印象も違います。

まさか前の晩飲みすぎて、とかじゃないと信じたいところです。

あるいは、嘘も方便で、いっそのこと「体調が悪くて」としてしまうのも、大人の方略としてはアリか、と。

どうするかは任せますが、「寝坊」と書くのだけはやめて欲しいです。

11/10/2017

11月16日ワークショップ 【フィンランドの教育の成功から学ぶ】

どなたでも参加できます。ぜひお運びください。


子どもたちからヒゲとボーズにお礼をいただきました!

先日お邪魔してドレミを歌う練習をしてきた守口市さつき学園小学校の子どもたちが、ヒゲ先生こと私とボーズ先生こと淡路先生あてに、きれいな色厚紙をつかった心のこもった手書きのお礼カードを送ってくれました。みんなありがとうね~! ますます上手になってください。




11/09/2017

Lはグ〜っと。

また実施している Top of the World を題材とした、音声ファイル提出に対するフィードバックのメールの一部:

expLanation がダメなひとが目立ちます。 
Lも日本語のラ行も、舌先が歯茎につきます。しかし、Lは「側音」といって、舌先の横が開いていないとLになりません。そのためには、何度も言っていますが、Lにおける舌先の歯茎へのコンタクトは、ラ行音の何倍も「時間が長い」ものです。 
「ぐ〜ッとつけろ!」と何度も言っているのはそういう意味もあります。
チョロっとつけるのではなく、長く、ぐ〜ッとつけないと、Lになりません。L自体の時間を長く。 
LLLLooking
expLLLLLanaition
LLLLove

11/06/2017

集団グルグルに最強の武器:iPads

今日は淡路先生と大阪府守口市のさつき学園に出張り、80名弱の小学5年生を相手に ドレミの歌を教えてきました。場所はもちろん体育館。研究のための音声データ収集という目的もあります。

前回、高島5小のときと違い、学生アシスタントはいなかったかわりに、あらかじめ学生がそれぞれの音を顔アップで歌っている映像を仕込み、それをiPad約40台に入れました。我々もiPad Miniは4台持参したのですが、それが不要なほどさつき学園側にiPadがあり、大助かり。

淡路先生とふたりで約40分ほど一斉練習をしたあとに、いよいよグルグルの開始。グルグルの判定は我々2名プラスさつき学園側の先生方3名。体育館の壁5箇所に歌詞を大きく貼ってそこに立って児童が来るのを待ちます。片手には合格したときに押すスタンプ。

児童は、二人ペアになり、iPadを何度か見て練習して、よしっとなったら我々のどこかに来て判定にチャレンジする、というシステム。



全体の時間が105分もらえたので、グルグルにも十分な時間がとれ、最終的にはほとんどの児童がすべての音に合格スタンプをゲットできました。ぜんぶの音にスタンプが押された児童は、別の先生のところに回ってさらに、ダブルでスタンプを貰います。やはりスタンプはなかなかインセンティブになるようです。

今回の感想:

その(1) ペアにしたのは良かった。うまくいかないパートナーを一所懸命コーチする姿も見られました。グルグルのハードルを下げるためにも良かったかも。慣れてきてあまりバラバラの場合には、私は「ひとりずつ歌ってみて」といって、ひとりひとりスタンプを押したりもしましたが。

その(2) やはりまだきちんと文字を読んでいるわけではないので、どうしても長くなるとしんどい。Tea, a drink with jam and bread が最難関。 文字と音の結びつきを指導するのは大切。

そしてその(3) iPadグレート! これだけの台数があって二人で参照できるとなると、かなりの支援となります。淡路先生とふたりでいかに40分頑張っても、最初の一斉指導での定着には限界があります。絶対忘れるし。その時、手元のiPadのなかで、大学生のお姉さんが口元を大きく見せながら笑顔でわかりやすく歌っている映像を何度も好きなだけ参照できるのは大きい。映像モデルになってくれた二人にも感謝。

終了したあとに嬉しそうにドレミを歌いながら引き上げていった児童たちが印象的でした。



さあ明日はまた自分の大学で歌グルグルです。大学生の場合はわざわざiPadをこちらが渡さなくとも、全員スマホを持っているので、その場でYouTubeを参照させています。一斉で練習し、あとは個別練習させるときに音源補助がある、というシステムは今日のと共通ですね、考えてみれば。







11/04/2017

出場者のみなさんへ(スピーチコンテスト最後のご挨拶)

Contestants, standing here in the spotlight is not something allowed for anyone. Those who have not been awarded must be feeling down, but you don't need to.

Be reminded that you are here today because you have been selected from among 70 plus applicants. Please be proud. I am pleased to say that the level of this year’s contest was very high by any standard.

Speeches can be informative, persuasive, inspirational, and empowering.

Today we were informed of what to and what not to expect in toilets in foreign countries, how to make teachers believe that you are an active student, and how to start a new romantic relationship.

We were persuaded not to pre-judge customs and practices in other cultures, and rather to reconsider our own accepted and familiar practice of saying as few things as possible to strangers in stations and stores.

And we were inspired about how better to live by not comparing ourselves to others, by sticking to your guns, but at the same time by being brave enough to change your course.

Of all these messages, I was particularly impressed by the ones that alarmed us of ethnocentrism and emphasized the importance of diversity and inclusiveness.

That is because we are living in an age of ethnocentrism, in an age of nationalism and it is a sad truth that we, Japanese, as a nation, have a tendency to be ethnocentric and Japano-supremacist. 

So it is quite timely and appropriate that many speeches today addressed that issue.

I know how hard you worked in coming up with your ideas, organizing them and reorganizing them so they can be most effectively conveyed to the audience,
drafting, which is always a hard, time-consuming task when you are doing it in a second language, and practicing oral delivery again, again, and again.

I’m convinced that the process that you have gone through since the day you decided to take up the challenge of entering this contest -- that process has made you grow up to be stronger, more mature, and more confident both as an English user and as a human being.

Let me praise you and congratulate you once again for that. Thank you very much.



11/03/2017

スピーチコンテスト、心地よい疲れで終わりました

今年は今までと比べても最高レベルのコンテストでした。

高校生は高校生なりに、大学生は大学生らしく精一杯頑張ってくれました。参加してくださった高校生のみなさん、引率の先生方、ありがとうございました。高校生には大きく分けて2つのパターンがありました。

内容は聞くに値するものがありながら、LとかTHとかの細かい分節音ができていないといいうパターンと、英語は達者でうまく音的には完璧に近いのだが、聞いている聴衆にメッセージが本当に届いているかどうかにはいまひとつ関心がないように私には見える、具体的には最初から最後まで早口で、キーワードでさえも焦点化しようとしない、というパターンがありました。

どちらも惜しいな、と思いました。

思いつきですが、来年のコンテストからは、本選出場が決まった高校生には我々が一回音声面に関してフィードバックをし、それふまえて出場してもらうのも良いかもしれません。来年にむけて検討します。

手前味噌ですが、大学生は一人残らず、良かったと思います。観戦してくださったある高校の引率の先生から情報ですが、聴衆の高校生が、「大学生のほうがわかりやすいです。」と言っていたそうです。

その通りだと思います。事前指導でとにかく強調したのは、「聞いている人に『メッセージ』『意味』と届けると思え。そう思えば、しっかり焦点として発音せねばならない部分はどこなのか、自ずとわかってくる。ペラペラ早口で喋るな。とくに最初のパラグラフでは、文と文の間に、勇気をもって「間」をとれ。」ということでした。

たとえ英語のスピーチコンテストであっても、ほとんどの観客にとって英語が外国語である、という状況で、ネイティブスピーカーにだけわかればよい、という姿勢でのスピーチには私は疑問を感じます。私のベースが英語教員だから、とくにそう感じるのかもしれませんが。

テンパりながらも、大学生たちはこのアドバイスをまずます意識したパフォーマンスができたのではないか、と思います。

いずれにしても、この3ヶ月、淡路先生と力をあわせて学生の指導に力を傾注しました。しばらく「スピコン・ロス」に見舞われそうです。こういうロスを感じる機会・環境に恵まれている大学教員は、まずなかなかいないと思われます。




11/02/2017

決戦は金曜日

もうやり尽くしたので、あとは学生を信じて、見守るのみ。