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3/28/2018

『タスク・ベース』誤引用事件の当該章の著者、福田純也氏のブログポストのミスリードを指摘する:またかよ!

1 今頃になって反応してきた

松村昌紀編 (2017)『タスク・ベースの英語指導。。。』が『心・技・体』を誤引用しながら誤引用ではないと強弁している件の、当該章の執筆者である福田純也氏から、今(正確には昨日)になって突然メールがきた。

今回の件について福田氏自身のブログに記事をアップしたので「内容についてご検討いただければ」ということである。

2 気が変わったらしい

大修館書店を通じて、私の方は、著者同士の直接メールによるやりとりを望んだにも関わらず、そういうことは望んでいない、という返答をしてきたのが、どういう風の吹き回しか気が変わったらしい。

ただ言っておかねばならないのは、いままでずっと私の方としては、「相手」が福田氏なのか、松村氏なのか、福田氏+松村氏なのか、福田氏+松村氏+その他の執筆者全員、なのか、よくわからない状況に対応してこざるを得なかった、ということである。だから、「そういうことは望んでいない」という態度だったのが、福田氏なのか松村氏なのか、は不明なので、気が変わったのかどうなのかも不明である。

3 「タスクベース回答」を公開している!

いずれにせよ、ご検討ください、ということなので、読んでみた。おや、と思ったのは、『タスクベース回答』にリンクを貼って公開していることである。前は、「私信だから公開はやめてくれ」と言っていたのが、これも気が変わったらしい。噴飯ものなので、暇ならどうぞお読みください。

私信だというから全文を公開しての吟味検討はやめておい(てやっ)たのだが、先方が公開したのだから、もうよいのだろう。後日、私のブログ自体でも全文を公開したうえで、その内容が如何に非論理的で読むに耐えないものであるかを、暇ができたら、改めて指摘するつもりである。

4 福田ポストに見られる巧妙な言葉のすり替え

今日は、とりあえず、今回の福田氏のポスト(以下、福田ポスト3.27)の記述の中にある、不正確さ、ずるさ、デタラメさ、をひとつだけ指摘しておく。

福田ポスト3.27によれば、

(1)靜は、当該引用を増刷時に削除することを検討してくれるよう出版社を通じて求め、

(2)自分たちは、その要請を入れて「当該引用を削除することを承認した」

(3)にもかかわらず、その後、靜氏は要求をさらにエスカレートさせていった、

ように読める。これは事実の歪曲である。

(1)は事実である。しかし、(2)は微妙に(というより巧妙に)、しかしまったく事実ではない。よって(3)も当たらない。

(2)が何を指しているかというと、福田ポスト3.27自体にもコピーペーストされている、自らが書いた、

p.43の 「(靜, 2009など)」の記述については、読者に著者の意図がより伝わりやすい文献が存在するか確認し、増刷時に別の文献に変更することを検討いたします

というメール文面を指している。

しかし、「読者に著者の意図がより伝わりやすい文献が存在するか確認し、(中略)別の文献に変更することを検討いたします」とは、「検討はするが、変更する適当な文献が見つからなければ、結果的に変更しないこともありうる」という含みを持つ玉虫色の回答であって、福田ポスト3.27にあるような、「当該引用を削除することを承認した」とは全く異なる。

傍観者から見れば微妙な違いなのかもしれない。しかし現に誤引用されて名誉が毀損され続けている当事者にしてみれば、重大な違いである。少なくとも増刷時には自らの名誉を毀損する部分はなくなると約束されるのか、そうするかどうか検討するだけで、どう転ぶかのか保証はまったくないのか、とは天と地ほどの差があるのだ。

なんだか昨日の佐川氏の証人喚問での「虚偽証言ではなく、丁寧さを欠いた答弁であった、と認識している」という答弁を彷彿とさせるような、姑息な言い換えである。

5 しかも、元々はすり替え表現しかなかった!

さらに付記しておくと、いま見られる福田ポスト3.27にある、
※2018/3/28追記:正確を期すと,以下のように返答した;
p.43の 「(靜, 2009など)」の記述については、読者に著者の意図がより伝わりやすい文献が存在するか確認し、増刷時に別の文献に変更することを検討いたします。その際には当然ながらp.245に参考文献として挙げている「靜哲人(2009)『英語授業の心・技・体』東京:研究社.」もその文献に置き換えることになります。
という部分は、「追記」とあるように、私にメールしてきて「ご検討ください」と言った当初はなかった箇所である。私が読んで、
「削除することを承認した」というのは事実と違います、あなたが書いてきたのは「変更することを検討いたします」でした、こういう表現のすり替えは、 ご自分の立場を良くするために、事実を変えている、と言われても仕方ないのではありませんか?
と指摘したのに対して、悪びれもせず、「では実際の文章を掲載します」という返答とともに、あとから追加されたものである。

つまり、福田ポスト3.27のオリジナル版を読んだ人は、「靜氏は、福田氏が増刷時の削除を承認したのにもかかわらず、その後もいろいろ難癖をつけたのか」というミスリードをされかねなかったわけである。なんと恐ろしいことだろうか!

6   で、形勢不利と見ると、また逃げた

さらにさらに残念なことに、その不備を指摘すると、「では実際の文章を掲載します」の後に、
「ご指摘を受けて自分の記事を修正するのは少々不自然なので,これ以上本件に関して個別のメールでご指摘に対応するようなやり取りは控えたく思います。」
ということで、どうやらまた、都合が悪くなったので逃げることにしたらしい。しかしつい1日前にわざわざメールを送ってきて「ご検討ください」とおっしゃったのはそちらさまじゃありませんでしたっけ? ご要望に応じて「ご検討」してさしあげて、よくわからない点と不正確な点をフィードバックしてさしあげたら、「これ以上のやりとりは控えたい」って。。。ドユコト?

(不自然だろうがなんだろうが、ヒトサマに関係する事柄についての間違った記述は直せよ! つーか、最初から正確に書け!)

7 あの時本当にそうだったなら...(仮定法過去完了)

もし本当に、あの時点で、彼らが、当該引用を増刷時には削除することをきちんと約束していたならば、その後の私の対応も異なったはずである。なぜならば、『タスクベース回答』を受け取って読んだ時点で、彼らの論理のデタラメさにまず驚愕し、次に絶望した私は、「これはもう理屈の通じる相手ではない」と判断したからこそ、それ以上の不毛な議論はさけ、名はあきらめてせめて実だけはとる形の決着として、「増刷時に削除することの約束」を求めたのであるから。(これが福田ポスト3.27のいう「折衷案」である。)


8 福田ポスト3.27に見られるミスリード体質は、結局『タスクベース』と同じ!?

しかるに、福田ポスト3.27は、自分たちの書いた「読者に著者の意図がより伝わりやすい文献が存在するか確認し、増刷時に別の文献に変更することを検討いたします」という返答を、「削除することを承認した」ときわめて不正確にパラフレーズ/要約し、その不正確な表現を足がかりにして、その後の論を「こちらはこうして要求を入れてやったのに、靜はその後も次々に新たな要求を出してきた」という自分に都合の良い方向で展開している。

こういう捻じ曲げ、改ざんともいえる、表現の巧妙なすり替えは、自分のやった行為を実際よりもよく見せかけるための意図的なものなのか、あるいは意図されていない、日本語能力の低さ、思考能力の低さの産物なのか、私にはわからない。

ただ、(1) 新たに昨日執筆されたこの福田ポスト3.27自体の中にも、こういう捻じ曲げデタラメ表現がある、ということと、(2)『タスクベース』の中で『心・技・体』の言っていることを大きく捻じ曲げて誤引用してしまった、ということ、そして (3) どうやら今日にいたるまで、それが捻じ曲げだということが認識できないと言い張っているということ、この3つの根は同じなのかもしれない、と思われ、なんとも救いのない、暗澹とした気持ちにさせられる。

もう、もらい事故にあったと諦めるしかない。